世界の終わり


 女の肌はすぐ冷える。どんなに隙間なく布団をかぶっても、全然温かくならなくて、ただでさえ冷めやすい気持ちはすっかり冷たくなってしまう。冷たい気持ちは鈍くなって、全部どうでもよくなって、そこで終わる。少なくとも、気持ちだけは、きっちり終わる。
 山崎は、馬鹿みたいに温かった。
 事後でもそうでなくても、常に興奮しているように思った。はっきり口に出してつっこんだら、当たり前じゃないですか、と言い切った。
「気持ち悪い」
「結構です」
 山崎とはいつもこんなやりとりばかりだ。寝ても覚めても、遠くにいても、こうして、近くにいても。
 いつも、痛みを感じるほどに、射るように俺を見る山崎。奥の奥まで、掘り起こすような眼をする山崎が、今日は俺の中を通り過ぎたようなところを見ていた。違和感を感じながら口づけをされて、体勢を崩されて、撫でられて、捲くられた。
 いつもと違う風に、暴かれるように抱かれた。
「アー」
 声が枯れてるような気がして、何度も無意味な声を出す。果てて、あがっていた息が落ち着いて、もう大分時間が過ぎているようだった。
「喉おかしいですか?」
「そんな気がする」
 普通に聞こえますけど。山崎はそう言って俺の頭を抱えた。倒れこんだまま、まるで腕枕のような格好になっていた。
 髪に触れる山崎の手が暖かいことが、直接触れなくてもわかる。ぬくい。
 山崎の視線は、明後日を向いていた。表情を見ていると、一瞬口を開きかけてやめたように見えた。
 訊くのも面倒で放っておいたら、何だか少しずつ寒くなってきたように感じて、首筋から、触れている箇所からどんどん冷たくなっていくような気がして、俺は口を開く。
「何だよ」
「何ですか?」
「俺が聞いてるんだよ」
「え?」
 山崎のくせに、心ここにあらずとは上等だ。
「ああ、ちょっと、考えごとです」
 そう口に出されて、また少し熱が逃げていったような気がする。
 やってる時もうわの空だったろう、そう言いかけて思い留まった。これはちょっと、女々しすぎる。
「考えごととか、できんのか」
「それはちょっと俺を馬鹿にしすぎですよ!」
 まあ、大したことじゃないですけどね。
「例えば世界が終わる時、どうするかなあって」
「は? せかいがおわる?」
 あまりに突拍子のない言葉に、鸚鵡返しになってしまった。唐突で、あまりにも非現実的な言葉。
「何だそれ、終わる予定あんのか」
「いや、ないですけど」
「……くだらん……」
「いや、わかってますけど! でも俺時々考えるんですよ、世界が終わる時とか、そうじゃなかったら、世界が破綻する時とか、その時どうするかっていうこと」
 急に、不可抗力で、全てがなくなってしまったら。
「世界が終わる、って思ったときに一番最初に頭に浮かぶものって、意外といつも同じなんですよ」
 山崎は、俺の目を見てにっこりと笑った。焦点も合わせづらいこの距離で、今は間違いなく俺を見ている。
 高熱が出たみたいに、かっと熱くなった。
 この熱が、触れている箇所から山崎に伝わっている、そう思うとますます熱くなる。
 なんだこの、温めあってるみたいなのは!
「気持ち悪いんだよ!」
「ああそうですか!」
 そう言って、山崎は俺を抱きしめた。
 あつい、あつい、あつい。
 どこもかしこも熱くてたまらない。
 退けるように山崎の胸を押した。目を見ないようにと思ったのに、一瞬だけ視線がぶつかって、そうしたらそれが当たり前みたいに、唇に食いつかれた。
「お前が、興奮しっぱなしだからいけないんだ」
 いつまでも飽きもせず、馬鹿みたいに温いから、俺もいつまでも冷たくならなくて、いつまでもこのまま。
 いつまでも、続いてしまう。いっそ本当に世界が終わってしまえばいいのに。
 そう思ってしまうくらい、悔しくて、憎たらしくて、たまらない。
 終わってしまえばいいのに。
 終わってしまえば、そうなればいいのに。