うたのこと

「ずっと聞きそびれてたが、ほんとに、お前何で生きてんだ?」
 酒に誘われて、何となくだけど褒められて、大変自然に微笑まれている。副長が、俺に。
「おい」
 夢じゃないところがすごいところだ。
 副長が更に上目遣いになって、下から俺を覗き込んできて、俺は緊張で正座をしている脚に力が篭る。
「山崎?」
 覗きこまれて、いる。
「あ、はい!」
「はいじゃなくて、聞いてなかっただろ」
「はあ」
「はあじゃなくて。あの時死なずに済んだ理由だ」
 死なずに済んだ。その言い回しにさえ感動する。
 あの件は、今更というほど昔のことではないけど、改めて説明するには遅い話題だ。更に情けをかけられたと説明するのも非常に言いづらい。
「あの、何でしょう、俺の歌が聴きたいと言って放置されました。よく意味はわかんないです」
「歌? なんだそれは」
「オーラみたいなもんじゃないですかね。まあ、そういうものが本当にあったら俺は面白いって思いますよ」
「人に近づいて音が聴こえるのがか?」
 気味が悪ィと副長は顔を歪めた。
「そういう言い方するとホラーっぽいですけど。いいじゃないですか、目に見えないその人の内側が自分にだけ感じられるとしたら」
 そう副長に言いながら思う。奴の言葉どおり、本当に人がそれぞれに音楽を抱えているんだとしたら、それを聴くことができないのはすごく悔しいことかもしれない。
 誰かには聴くことができるこの人の音を、俺は聴くことができないってことだ。それは悔しい。
「お前の歌なんて、地味そのものなんだろうな」
 ふっと笑って副長は、無意識にか親指で自分の唇を撫でた。
 それって俺の歌、聴きたいってことでいいんだろうか。今日は何なんだ、誘ってるんですか。
「副長の音は、きっと綺麗です」
 副長があまりにも自然体で、無警戒なせいだ。俺もつられるみたいに、口が軽くなる。普段なら怖くて照れて言えないようなことが、するりと零れる。
 副長は目の前で、無反応だった。聞こえなかったみたいに、口にコップを運んで、まるで自然体だ。本当に聞こえなかったかも知れないと思いかけたところで、そうか、と呟きが返ってきた。
 それが合図のように、俺は止まらなくなって、ぼろぼろと色々なものを零し始める。
「そうですよ。綺麗で、鋭くて激しくて、碧くて黒くて透き通ってて、あと、綺麗で……多分ですけど……」
「滅茶苦茶じゃねえか」
 矛盾してるし綺麗そうにないものが混じってるし、自身なさげだし、どうしようもねえな。
 そう頬をゆがめながら、副長はまた酒に口をつける。
「多分ですけどでも、少なくとも副長の心臓の音はそうです!」
 言ってしまってから、しまったと思った。
 部屋の空気が強張って、副長の耳がみるみる赤くなって、平静を装っているふりで、変に瞬きをした。
「そういう意味じゃなくて!」
 そういう意味ってどういう意味だ。焦って喋るとろくなことにならない。
「お前は本当、一遍死んで来い!」
 罵倒さえも嬉しい。
「はい、すんませんでした!」
 堪えきれずに笑みがこぼれた。それを見た副長も、怒りながら笑っていた。